人はどこから来てどこへ行くのか、という深遠なテーマとは全く無関係な日常の記録


by itn_m

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ゆるキャラ以外にもご当地戦隊ものが流行のようだ。
琉神マブヤーが有名だろうか。
造形は完成度が高そうだが、生え始めのような角が弱々しい感じ

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HPを見たが、ゆるキャラ感が否めない(笑

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せんとくんナンバーフォルダー。
現場では後発のまんとくんより、せんとくんの方を多く見かけた気がする

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人も人なら、シカもシカ、って感じだ。
突かれたら死んじゃうかもしれない
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by itn_m | 2013-04-30 14:53 | 外出記 | Comments(0)
今回の再訪まで知らなかったのだが、東大寺はこれまでに二度大規模に再建がされていたらしい

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これが創建当時の復元模型。
両サイドに七重塔もあり、相当な広さと大きさを誇っていたようだ。
当時としては相当な規模の公共事業で、日本各地か人々がら使役として集められた。
いつの時代も国家のやることは変わらない

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平安時代末期に平家によって焼かれ、鎌倉時代に再建された大仏殿の模型。

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大きさは創建当時とほぼ同大だが、建築方法はこの時代の独特のものである。
創建当時にはなかった大仏の顔が見られる窓が取り付けられた

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戦国時代に焼かれ、江戸時代に再建されたものが現在残っている。
高さは変わらないが、幅が2/3程度になった。
焼失した後、大仏が先に修復されたが100年あまり野ざらしだったらしい
資金がなかった上に資材も足りなかったようだ。
前回紹介した柱の周りに板を貼る修正材の利用は、屋根を支える太い柱となる材が国内になかったための苦肉の策だった。

ついでに言うと現在興福寺の金堂が再建されているが、その柱に使われるのはアフリカ産のケヤキらしい。
樹齢1000年の材を使えば、1000年は建物が保つと言われている。
国内には古い寺院を修復するための古木がもはやない。
将来のことを見据えて森林の管理をやらないとダメなのである。
未だに存在する林野庁は何をやっているのだろう?
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by itn_m | 2013-04-30 14:33 | 外出記 | Comments(0)
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シカの群れをかき分け東大寺に無事到着した。

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近づくにつれてその巨大さがわかる。
中央にある扉を開けるとあるものが見える仕組みになっている

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白人たちが無中でシャッターを切っているの図。
彼らの文化にはこのようなものはほとんどないので衝撃的だろう。
マリア像やキリスト像でもここまでの大きさはないはずである。
奈良で唯一撮影できる仏像でもある

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いや、しかし大きい。
とても威圧的である。
テレビも映画もない時代に見せられたらひれ伏すしかないだろう

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四天王のひとり。
この造形はまるでモビルスーツのようだ。
元は4体あったが焼失してしまい、現在では2体しか復元されていない。
お金がなくなって、残る2体は首しかないのである

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東大寺自体も二回焼けて今のは三回目に立て直されたものらしい。
予算が少なくなりその都度縮小されている(おまけにアップ予定)。
遂には重い屋根を支える柱の材もなくなり、江戸の修復時には細い柱に板を貼った修正材を使わなけばならなかったらしい

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柱の穴の通り抜けに挑戦する外国の方。
なぜ穴をくぐるのかは諸説あるが、柱が鬼門の方角にあってくぐり抜ければ無病息災になる、というのが一般的な説である。
ちなみに柱の穴の大きさは大仏さまの鼻の穴と同大らしい。
なぜくぐるのか。単にそこに穴があったから、なのかもしれない。
やってみたら意外とすんなりくぐり抜けられた

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何度も戦災にあい、修復されきた東大寺と大仏。
しかしながらこの灯籠だけは大仏殿から離れていたために焼失から免れたらしい。
よって東大寺建設当初から残る貴重な当時の建造物のようだ。
これはボランティアガイドさんから聞いた話である。
ただ見るだけではなく、現場をよく知っている人から話を聞くことも、知識をより深くする重要な要素であるとつくづく思った東大寺行であった
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by itn_m | 2013-04-28 22:17 | 外出記 | Comments(3)
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最終日前日の夜。
酔った勢いで撮った興福寺五重塔。
ゴジラでも出てきそうな雰囲気だ。

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宿の窓から。
最終目的地は眼と鼻の先にあったのだ。

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目当ての国宝館とセットになっている東金堂内を拝観した。
しかしながら、もう頭の中が数多の国宝やら重要文化財やらの仏像で飽和状態であった。
重ね重ねもったいないことである

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目的の阿修羅像が安置されている国宝館。
東京国立博物館で94万人も集めた阿修羅像を現地で観てみたかったのだ。

確かに今まで観て来た仏像とは全く違った造形である。
阿修羅というと怖い印象があったが、真逆の美少年といった風貌であった。
阿修羅像を含め八体の八部衆像でセットなのだが、どの像も同じような造形で柔らかい感じがした。
中にはEXILEのような像もあった。
スポンサーが時の女帝だったので、自分好みの像に仕立てたのではないだろうか。

時折、ドバッと人が入って来て混雑することもあったが、そのような嵐の人々はすぐにいなくなるので、比較的ゆったりとじっくりと拝観することができて大変満足した。
保存が大変かもしれないが、実際に安置されていた寺の中で観てみたかった。
目的はほぼ果たしたので、最後の東大寺に向かった

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奈良公園と言えばお約束。
30年!前とほとんど変わらない光景

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シカの洗礼を受ける修学旅行生。
人せんべい買う→シカ集まる→人たじろぐ→シカ更にまとわりつく→人せんべいを全て手放す→シカ食い尽くす→人呆然→終了
という光景が多く見られた

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一頭のシカに導かれるように南大門へ

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門では番人のようなシカが待っていた。
この柱に注目である

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両脇には立派な仁王像が我々を見下ろしていた。
金網に囲まれ、ホコリだらけでとてももったいない感じがした。
メンテナンスに非常に気を使うので、掃除もそう簡単にできないらしい

東大寺編その2に続く
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by itn_m | 2013-04-27 22:32 | 外出記 | Comments(0)
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後編がおっちゃんの記念写真風景から始まるとは何とも不安な出だしである。
しかし本当におっちゃんばかりだったのである。
特に1人できているおっちゃんが多く、12おっちゃんまで数えたが数えていて空しくなった

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仕切り直しの一枚。
ただの立て看板だが、苔むし方に何とも風情がある

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数多のカメラマンを魅了したという境内へ。
土門拳氏も足しげく通ったという

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金堂。
特別拝観が行われていた。
国宝の釈迦如来立像をはじめとする仏像を間近で拝観したのだが、今ではほとんど忘れている。
全くもったいないことである。
そんな中でも十二神像は印象深く、幸いにも脳裏に残っている。
ほかのお寺でも十二神像を観たが、ここに置かれている像の造形やポーズが最も優れていると感じた。

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本堂。
如意輪観音菩薩像が安置されていた

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本堂の前にあった池。
ただの赤い金魚も絵になってしまうのである

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屋外にある五重塔としては最も小さい。
法隆寺に次ぐ古さの塔だが、何年か前の台風で大杉が倒れ半壊してしまい、修復した後で古めかしい赴きがないのが残念であった

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室生山暖地性シダ群落。
暖地性シダの北限で、なんと昭和3年に天然記念物に指定されている。
時期が早かったのか、あまりシダ類は見られなかったが、どうも北限に縁があるようである

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さらに奥に進むと、奥の院に続く最後の難関が現れた。
数えながら上がったが何段あったか忘れてしまった(忘れてばかりだ…)
他の人のブログで確認したら約400段あるという。
観光バスで来た人はここまでは来ない

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ようやくたどり着いた奥の院。
鎌倉時代にこんなところにまでお堂を建てるなんてどえらいことだ。
それ自体が修行である

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崖に張り出した別のお堂。
何もここまでしなくても、と思ってしまった。

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このお堂は比較的新しく昭和10年作。

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境内の至る所にお地蔵さんや灯籠が祀ってある。
信者の人が先祖などの供養のために建てたものらしい

観光地にありがちな薄っぺらさが全くなく、里全てを含めて落ち着いた佇まいの風情のある良い土地であった。
歩ける道をもう少し何とかしてくれると完璧なのだが、それも含めて修行ということだろうか。

おまけ
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さえずりだけではなく、最後に姿を見せてくれたオオルリ。
いろいろな野鳥にも出会えた室生寺行だった
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by itn_m | 2013-04-26 22:26 | 外出記 | Comments(0)

夏鳥渡来

春らしい陽気が長続きしない。
やたら暑かったり、むちゃくちゃ寒かったり。
それでも4月後半で、鳥たちはやってくる。

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北陸で見たサシバ

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同じところでサンショクイ。
飛んでいる姿がこれほどきれいだとは知らなかった

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次の日に多摩でもサンショウクイが見られた

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あまり良くない画像だがアマツバメもたくさん渡っていた

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北陸にてベニマシコ。
この辺だと冬鳥だろうか

このほか北陸ではジュウイチ、多摩ではクロツグミ、キビタキなども確認できた。
オオルリ、ヤブサメは奈良で確認済みだが、投稿が間に合っていない。
今年は山の鳥を見る機会に恵まれた
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by itn_m | 2013-04-25 21:38 | | Comments(0)

北陸へ

2週続けて西へ。
今回は日帰りに近い北陸出張である。

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沿線には田んぼが続く

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山深くなって来た

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民宿のような駅舎。
乗り換えに30分以上待たされたのだが、周りには何もない

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帰りは夕焼けがきれいだった

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今回は通過しただけだが、琵琶湖にも一度ゆっくり行ってみたい
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by itn_m | 2013-04-22 21:28 | 外出記 | Comments(0)
2日目

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目的地へ向かう電車から田園地帯を抜ける車窓

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乗り換えをして里山地帯に入る

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途中の駅にて。
関西系の電車は色がべた塗りでわかり易い

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目的地入り口の駅に到着

ここから東海自然歩道が整備されているので、散策しつつ目的地に向かって歩く趣向だ。
その距離約7km。奈良の山中行が楽しみであった

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水良し

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花良し(名前調べ中)

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コケの感じも良い

が、

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行けども行けども続くのはスギ・ヒノキ林。
何の代わり映えもせず、生き物もほとんど見られず段々無言になって行く。
しかも途中から中途半端な石畳が敷かれ歩き辛いことこの上ないのだ。
コケくらいしか見どころがない、というのが途中までの正直な感想である

この道を選択したことを後悔していると、聞き慣れない鳥の声がした。
探すとその姿が見えた。キツツキのような動きだがきつつきではない。

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暗い上にちょこまか動くのでうまく撮影できなかったがキバシリだった。
しかも1羽だけではなく複数羽いた。
なかなか見られるところに行く機会がないので、これはうれしい出会いであった。

これで気を取り直して歩き始めると初めて人とすれ違った。
初老の夫婦のようであったが、挨拶だけであまり愛想がよくない。
まぁ人と関わり合いたくなくてこんなところを歩いてるのかもしれない、と思ったが実は違った。

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少し行くと峠があり、そこから先は急峻な坂道が待っていたのだ。
この坂道を上がって来たのだから無口なのも当然である

帰りは絶対違う道、もしくはバスを使おう、と考えて歩いているとようやく人里にたどり着いた。

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開けて見えてきたのは、とても雰囲気の良い里地であった

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ツバメも出迎えてくれた

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彼(彼女?)が我々の行く方向を示してくれたようだった

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その先にあった標識。
目的地まであと400mの地点まで来た

つづく
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by itn_m | 2013-04-21 00:13 | 外出記 | Comments(0)

寒いし冷たい

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前の日を8度近く下回る気温差。
それだけならまだしも、冷たい雨。
がんばったのに灯油を買い足す羽目になってしまった…
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by itn_m | 2013-04-20 20:59 | | Comments(0)
広いので、まだ中心部から抜け出せないのであった。
塔と金堂の奥の大講堂には薬師三尊像と四天王像があったのだが、すでにどんな像だったか忘れている…
像の手前にあった古代の勉強机は覚えているのだが…

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修学旅行生が去り、つかの間の静寂の時間

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塔と金堂をぐるり取り囲む廻廊。
ざっくり100×100mくらいだろうか。
金堂では新たな修学旅行生が大騒ぎをしていたようだが、その喧噪はここまで届かない

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法隆寺で生活する僧が住んでいた建物。
全室個室だが窓がない。
地味だが、立派な重要文化財なのである。
この後拝観した百済観音像は、ほかの仏像とは違う造形と雰囲気で、最も印象に残る像のひとつになった

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この夢殿にもすごい仏像があったのだが、全く記憶に残っていないのは全くもって残念である。
ちなみに安置されていたのは、秘仏救世観音像。
明治時代に日本美術に貢献したアメリカのフェノロサに見出されるまで数百年の間、人目にはさらされていなかったという。
何だか曰く付きの仏像なのであった

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一度にあまりにも多くの仏像を拝観したので疲労困憊だったのだと思う。
しだれ桜に癒されていた

気を取り直して先に進む。

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一番東端に位置する中宮寺。
厳密に言うと法隆寺とは別物の独立したお寺で尼寺である。
建物も戦国時代に火災にあっているせいか、尼寺のためなのか、独特の鬼瓦がついていない

本尊は公式HPでは菩薩半跏像となっている。
いろいろな名前が付いているが、勉強不足でよくわからない。
とにかく直立不動の仏像が多い時代にあって、足を組み、右手を上げるなど、初めて動きが付いた像らしい。
そういうこともあって印象深い像のひとつであった

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再び法隆寺。
正門とも言える中門を忘れていた。

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この左右に構える金剛力士像は塗装がかなりはげているものの迫力があった。
それもそのはず、日本に残っている最古の像らしい

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ようやく法隆寺を脱出。
周りの集落も昔の面影を残した風情のある佇まいであった

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この周囲というか、奈良には建造物以外に古墳も多い。
これは藤ノ木古墳。
調査されるまでは見向きもされなかったそうだが、中を見たら重要な資料がざくざく出て来て一躍脚光を浴びたようだ。
世の中には人知れず埋もれていく遺物も多いのではないだろうか

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1400年もの建造物の上空を大阪に向かって降下する旅客機。
何とも不思議な思いで見上げた

実はこの屋根に写っている鬼瓦も面白いのだが、先に進まないのでまた次の機会に。

写真が多い上に文字も多くなって、もっとも飽きられ易いブログとなってしまった。
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by itn_m | 2013-04-19 22:23 | 外出記 | Comments(0)